風景画


 
遠く連なる山の稜線は、紅く染まり
山の麓には、深い緑の森が続き、間近には、黄金色の草原
茜色に染まる空は、こちら側では、澄み渡った青空に変わる
空を染める二つの色が混じるその辺りの地上には、一本の大木がある…………

その日彼等は、休日を利用して草原へと出かけた、はずだった
だが、草原だったはずのその場所は、すっかり様相を変えていた
「森が続いているぞ?」
草原だったはずの場所を見つめ、男は、確認する様に大きく一歩その場所へと足を踏み出した
「危ない!」
強い力で、男の身体は引き戻された
「崖に踏み入るなんて、何考えてるの!」
男の抗議の言葉は、悲鳴のようなその言葉によって、かき消された
「崖だって?」
男の目には、深い森以外のものは目に映らない
「何言ってるんだ?崖なんてどこにもないじゃないか」
からかう様子の無い女の様子にとまどい、君の悪いモノを感じながら、男は、自分の目に
見える風景を語る
女は、嘘を言ってる様子の無い男の言葉に愕然とし、確かに見える崖へと恐る恐る、手を
伸ばした
そして…………………
2人はお互いが真実を言い、そして、嘘を言っていることを悟った
先日までは確かに草原だった場所へ目を向ける
薄気味悪いものを感じ、どちらからともなく、慌てて2人はその場を後にした

常春の聖地は、天気が悪いという事は滅多にないのだが、休日である土の曜日には、同じ
ように休日であっても、日の曜日の様に、人が多くいると言うこともない
セイランは、息抜きを兼ねて静かな公園へと散策に出かけた
「はーい、セイランお茶していかない?」
四阿から、オリヴィエが身を乗り出して手を振っている
後には、リュミエールの姿も見える
「こんなところでお茶とは優雅な事で……」
「暇なら寄っていきなって」
常にない熱心さで、2人はセイランをお茶に誘う
確かに、急ぐ用事もないし、たまにはいいか……
強引な誘いと、特に用事もなかったため、セイランは誘いを受けた
午後の柔らかな日射しを浴びながら、お茶を飲みながら雑談を繰り広げていた
たわいもない話、そして試験の話へと、話題はめまぐるしく移り変わって行く
そして、聖地という場所の話
「来る前はどんな所かと思っていたんだけどね、そう違いがあるって訳でもないみたいだ
ね」
変化のない気候とか、特色はあるようだけれど……
それは期待した程の特色ではない
「それは、人が住んでいる処ですから………」
リュミエールが困ったような顔をし、言葉を濁す
「まぁ、そうそう違いがあるってわけじゃないけどね」
「だが、ここは聖地だ、何が起きても不思議はない場所ではあるのさ」
不意に声が会話に割り込んで来た
「遅かったじゃないのさ」
「なかなかお嬢さん方が離してくれなくてね」
「何か不思議な現象が起きた事でもあるのかな?」
軽口をたたき合う2人を眺めながら、セイランはリュミエールに問いかけた
「そうですね、不思議な現象が起きる事もありますけれど……」
「そうそう起きるって訳でもないね」
「それに、そんな事が良く起きる様だと困るからな」
間髪おかずに否定の言葉が返ってくる
「へぇ、それじゃあ残念だけど、僕には体験出来そうもないね」
あっさりと受け流したセイランの様子に、会話は次の話題へと流れていった

「よかったのでしょうか?」
オスカーとセイランが退席した後、その背中を見送りながらリュミエールが静かに呟いた
「さあね、良いかどうかなんてのは、知らないよ」
投げやりに答えオリヴィエは紅茶を飲み干した
「どうなるかなんて結果を見てみないとね」
傾いた日射しの中、公園の出口で、足を止めるふたりの姿が見えた

「そう言えば、スケッチする場所を探してるって?」
別れ際、思い出した用にオスカーが言葉を紡いだ
「ええ、それがどうか?」
「一つお勧めの場所があるんだが………」
オスカーは、聖地の外れにある一つの場所を教えた

翌日セイランは、その場所を訪れていた
眼下に広がる光景は、不思議な光景を形作っている
空にとけ込むかの様な山の稜線
深く広がる緑の森
柔らかに光を反射させる、金色の草原
セイランはその一つ一つを丁寧に描き止めていく
やがて最後の一筆が描き止められる
筆を置いたセイランの目の前で、その風景が歪んだ

目の前には、草原が広がっていた
「………これは?」
描きとって光景とは似ても似つかない風景
「うまくいった見たいだな」
呆然とたたずむセイランの背後から聞きなれた声がした
「さすが、だね」
振返ったセイランの目に、オリヴィエ、オスカー、リュミエールの姿が写った
「いったいどういう事です?」
「だからいったじゃないさ、不思議な事が起きるってね」
オリヴィエはひとつウインクをした

人によって、時間によって見える風景が違う
それは、人の想いが生み出した幻
強い思いは力となる
まして、この地は不思議の力の満ちた場所
強く思い描いたその光景は、聖地に蟠った力を得て、幻となって出現した
だが、その幻は、明確な光景として思い描く事ができなかったが故に、安定する事が出来
ずにいた
揺らぎ定まる事を知らない光景
幻としても安定する事が出来なかった故に、幻を消し去ることが出来ずにいた
だからこそ、真実想い描いた光景を、その場にある風景として認識される事により、幻は
安定する事が出来た

一通りの説明を受けセイランは皮肉げに
「つまり体好く利用されたってわけだ」
笑みを浮かべそう呟き、三者三様の詫びの言葉を聞いた後
「………ま、貴重な体験をさせて貰った事だし……」
もったいぶった口調で、今回の事は水に流すと言ってみせた

その夜セイランは描き上げた絵を部屋の隅へと飾った
それは人の想いが生み出した幻の光景だったけれど
「こういうのは、悪くないね」
呟いたセイランの口元には微笑みが浮かんでいた
 

 
 

END
 
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