逃げ道


 
逃げ出してしまいたい……
それは、誰にも言えない言葉

「アンジェリーク!」
え?
我に返ったときには、すでに目の前にモンスターが迫っていた
「きゃあっ」
強い衝撃と共に、アンジェリークは後方へとはじき飛ばされていた

ここはどこ?
柔らかな日差しを受けて、アンジェリークの意識は覚醒した
目に入るのは、木々の葉
え!?
慌てて飛び起きる
「いたっ」
起きあがったとたん、体のあちこちに痛みが走る
え?私………
おそるおそる動かした体のあちこちに切り傷があり、そして、強く打ち付けたらしい場所は大きく痣になっていた
土の匂いそして、木々の匂いが強く香る
私……………さっき戦闘中に!
「みなさんは!」
辺りに人の気配はない
慌てて立ち上がろうとするが、体に痛みが走り、思うように動くことができない
……痛い………
痛みの為に涙が浮かんでくる
でも、早く行かなきゃ
どうしよう、きっと心配してる……
………けど………
体が痛くて動けない……
どこからか鳥の声が聞こえる
日差しは穏やかに降り注ぐ
……違う、動きたくないんだ……
「このままいなくなっちゃおうか」
武器をふるって、傷つけて、傷ついて………
もう、良い……
戦いたくなんてない
遠くから呼び声が聞こえた
おびえたように肩を震わせ、木陰に隠れるように座り込む
お願い、呼ばないで……!
耳をふさぎ、きつく目をつぶる
やがて、呼び声が遠ざかっていく
……行ったの?
木々を掻き分ける音も、鳥の声も、呼び声ももう聞こえない
アンジェリークは、放心したようにその場に座り込んだ
ざわざわと、風が木々を揺らす
何かが近づいてくる気配
無意識の内に、エルシオンを握りしめる
何?いやな感じがする
慌てて立ち上がるが、足から力が抜ける
どうしよう?
私が、逃げたいなんて思ったから?
木に背を預け懸命に立ち上がると同時に、木々の奥から、モンスターが姿を現す
必死でエルシオンを構え、モンスターを睨み付ける
お願い、来ないで!
願いは聞き遂げられる事もなく、モンスターはアンジェリークに向かい、一撃を放った

恐怖に脅えたアンジェリークの目の前に人影が飛び出してきた
剣の一閃
突然の攻撃に傷を負ったモンスターが、慌てて逃げ出していく
「あっ……」
逃がしたりしたら………
「何やってんだ」
剣を携えた青年がアンジェリークへと向き直る
「……アリオス」
心の中に安堵感が広がる
もう、戦いたくないと思っていたのに
襲われたら戦おうとして、戦えないと分かったら怖かった………
「なんだ怪我してんじゃねーか」
「え?」
「え?じゃないだろ、早く顔ださないと、うるさいぞ」
舌打ちと共に、抱きあげられる
「あ、アリオスっ!」
「じっとしてろ」
強い口調に、口をふさぐ
「ったく、動けないなら、動けないなりに悲鳴位あげろ」
違う、そうじゃないの……
私は……
逃げたかったの
戻りたく………
「手当は後でして貰え」
……我慢しろ
言葉が心地よい、問いかけではないから、無理に大丈夫と言わなくても済むから……
戻りたくない、けれど………
「……ありがとう………」
アリオスから返事は帰ってこない
何も聞かず、何も言わずゆっくりと歩き続けた

戦いたくはない
戦闘はつらいから
逃げ出してしまいたい
逃げる事、弱音を吐くことが許されないから
だから………
何も言わないから、何も聞かないから、逃げる事を許してくれるから
私はまだ、逃げずにいることができる 
 

END
 
 
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