親交


 
アルカディアの大地
街の中心から離れた森の近くに小さな店があった
霧が晴れて数日後から
この店に一人の青年が出入りしている

建て付けの悪い古びたドアが軋んだ音を立てて開く
申し訳程度に灯りがともった薄暗い家の中、入ってすぐの所に雑然と並べられた様々な品々
「いらっしゃい、今日は何がいるんだい?」
並べられた品物の向こうから、一人の老婆が声を掛けた

その日最後の客が帰り暫くしたころ
店じまいをしようと立ち上がった老婆の目の前で
建て付けの悪くなった扉が音も無く開く
薄暗い店内に差し込む夕陽の赤い光
眩しさに目を細める老婆の目に割り込むように人影が現れる
「よう、調子はどうだ?」
いつもと変わらない声、言葉
「あいかわらずだよ」
老婆は笑みを浮かべ、彼を店内へと招き入れた

持ってきた荷物を引き渡し、世間話に興じながら、出したお茶を飲む
世間話と言っても、彼が話をする事は滅多に無く
私の話に相づちを打ちながら黙って聞いている
この1週間の話、ずっと昔の昔話
それから、この土地に伝わる伝説や習慣
私が若い頃から、年寄りの話は長い物だって決まっていたけれど
どうやら、その習慣を裏切る事無く私も歳を取って、話が長くなっている様だ
つい最近ここに来たっていう彼は、近所の若い者が嫌がる様な話でも、文句も言わずに黙って聞いていてくれる
お陰で今日もまた調子に乗って、気が付けば太陽はとっくに海の向こうに沈んでいる
とっくに空になった、カップはすっかり乾いてる
「ああ、悪かったね今日も遅くなってしまって……」
「いや……、別に急いじゃいねーし、問題ない」
突き放す様な言葉
けれど、浮かんだ笑みと、声が暖かい
そんなんだから、年寄りに何時までも捕まるはめになるんだよ
捕まえてる本人が言うような言葉じゃないし、言うつもりも無いけどね
「あんたがそう言うなら良いけどね、それで次に来る時なんだけどね……」
いつもの言葉いつもの合図で、彼は立ち上がって帰る準備に入る
そして私はいつもの様に、お願いをするのさ
「他に何か無いか?」
毎回毎回変わらない、相変わらずの言葉
「そうだね、今日の所はこんなもんだよ、何かあったらまた次にお願いするよ」
「判った」
愛想の欠片も無い言葉残して
「それじゃあな」
今日の代金を受け取って帰っていく
「気をつけるんだよ」
暗い中灯りも持たずに帰る背中に呆れながらもかけた声に、手が上がるだけの返事が返った
「もう少し愛想良くすれば、良いんだろうけどね………」
……やっぱりそれは合わないかね

長い事霧の中に閉じこめられていた(と説明をされた)私とこの店は少しばかり商売をするのに支障があった
自分のトコで売る物以前に自分に必要な薬草さえ切らしている、そんな時に顔を出した彼に思わず助けを求めたのが始まり
長い事いろんなモノを扱って来た私でさえ、効果を知らなかった薬草を扱う彼に丁度良いとばかりに頼みごとをしたのさ
それから付き合いが始まって、こうやって、時々頼んだ薬草を持ってきてくれる
何時来るかは、彼次第
頼んだモノが全て揃ってるかどうかも、彼次第だけどね
近頃は、すっかり仲良くなって、町中に行かないと仕入れられないようなモノもついでに持ってきて貰ったりしてるさ
あの後暫くしたら、立派な格好をした人が、ご用伺いに来てくれる様にはなったんだけどね
無論その彼も楽しい話をしてくれるよ?
けどね、やっぱり私みたいな年寄りは黙って話を聞いてくれる人の方がいいのさ
だからこうやって、いつもいつも頼みごとをしているってわけさ
そうすれば、また次に来てくれるからね

「またおいで」
ここでしか売っていない薬草の一つを買って、客が店を出る
立ち話が長引いたせいか、高かった日が暮れようとしている
老婆の『年寄りは話が長い』という言葉を思い出し、苦笑しながら扉を閉めたその耳に
老婆の声が届いた

ああ、そうそう心配しなくても
ちゃんと、薬草の代金は払ってるよ
 
 

END
 
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