誘い


 
海を臨む丘で、風が出会いを運んできた

会うつもりは無かった事は、驚いた様な彼の様子を見ればすぐにわかった。
私としても彼が居る事は陛下から聞かされていたが、まさか出逢う事があるとは思っても居なかった
彼は、私達の事を避けている様であったし
彼は、私達守護聖の気配を感じ取る事が出来る
そういった訳で
私もまた、驚きのあまりしばし呆然と彼の姿を見つめていたのだが
「……久しぶりだな」
天を仰ぎ、ため息を吐き、諦めた様に、ゆっくりと首を振った彼の言葉で我に返った
「……元気そうでなによりだ」

海を見下ろす丘の上
すぐさま立ち去るというのも礼を欠くようで交わした会話は、この地に住む人々の事
相変わらず、彼は人々の様子を良く見ていて、細かな所をよく知っている
不安や不満、そういった様々な感情
「問題なのは、霧の中ってところだな」
私達が気づかなかった事、見落としていた事
以前と変わることなく、教えられる事の多い会話
「霧の中に取り残されている者はまだ多く居るのであろうな」
霧に覆われた地に人が住んでいる事はむろん知識として知っていた
「そうだな、詳しい人数はわからねえが、少ないってこともないだろうな」
だが、邪悪な思惟を感じる霧の中では行動が制約され、なかなか現状を把握することはままならず、救出の手をさしのべる事も出来ずにいた
「早急に手を打たねばなるまい」
彼の情報により、霧の中が安全とは言えぬ事が分かった今、一刻も早く、人々を助けださなければならない
「感謝する」
知らせてくれた事と……
「別に礼を言われるような事はしてないぜ」
昔と変わらぬ言葉、変わらぬ態度
「そうか………」
だが、言葉や態度が柔らかいと感じるのは、私の気のせいではあるまい

始めはごく普通に、話をしていた
この地の話、人々の暮らし、相変わらず、真面目そのもので自分の目に耳に入らない様な事を事細かに聞きやがる
……俺がこいつの気配に気づかなかったっていうのは、確実にあの女王の力が働いているって事だ
良い機会というか、現況を知らせて欲しいって事なんだろうから、大地を覆う白い霧の危険性を話していたはずだった
それが、いつのまにか、こいつらの抱えてる問題の話になり
いつのまにか、対策やアドバイスを求められ……
どういう訳か、ペースを狂わされた
そして
「それで、そなたは何時戻ってくるのだ?」
予想もしなかった言葉が飛び出した
「……………なんだって?」
俺が聞き返すのも当然、アンジェやガキ達ならともかく、こいつの口から出るはずもない言葉だ
「私としては、そなたが戻ってきてくれればだいぶ助かるのだが……」
…………だから待てよ
「ああ、そなたが人々の中で生活したいというならば、むろんそれで構わぬ」
「……おい……」
「だが、居場所くらいは明かして………」
……………人の話聞いてねぇな
アリオスは、疲れたような笑みを浮かべ肩を落とした

逃げ出すようにアリオスが姿を消した後、ジュリアスは何事か考えながらその場に立ちつくしていた
「本心、なのだが……」
アリオスの事だ、それが判らぬはずは無い
「次は、別の誘いかけを考えてみよう」
アリオスは、アンジェリークにとっては勿論、私達にとっても大切な仲間であり、頼りになる友人なのだから
多少、強引ではあるが、オリヴィエのやり方も有効かもしれぬな
赤く染まる空の下で、ジュリアスは思い出した様に空を見上げた
「皆、そなたの事を待っている」
海から吹く冷たい風が、ジュリアスの言葉を運び去った

 

END
 
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