落とし物


 
記憶している限りのものは全て揃えた
両手に抱えて居た荷物を路肩に降ろし、一息吐く
馴染みになった顔を思い浮かべながら、頼まれた品物を反芻する
それと同時に、荷物の重みから解放された手が、ポケットの中を探る
いつもと変わらない位置を探していた手が止まる
すぐさま視線が、ポケットへと向かう
ポケットの中にあった手が忙しなく身体を探る
指先に触れる筈の紙が見つからない
……落としたか?
他の何処にも無い事を確認すると、アリオスは小さく舌打ちした

特に用事があった訳でもない散歩道
辺りの景色に穏やかな目を向け、すれ違う人々と挨拶を交わしながらゆっくりと歩いて居た
目に見え、身体で感じる世界は穏やかで、何の問題も無いように感じる
まだまだ気が抜けないとは言え
順調に進む育成に安堵の気持ちが広がる
目を細め、道の先へと視線を向ける
弱い風が、地面に落ちていた白い物をはためかせた

今まで、記憶に間違いがあった事は無い
そして、今記憶にある限りのモノを揃えている
その点からすれば、このままでも問題は無い筈なんだが、どうもすっきりしない
荷物を抱え上げ、地面を見つめながらゆっくりと歩く
道の途中でメモを見た記憶は無い
これは断言出来る
ポケットの中に手を入れた記憶も無いが
この件に関してはかなり曖昧で、断言は出来ない
どこに有るか見当も付かない落とし物に苛立ちながら、道に落ちた石を蹴りつける
あんなもんわざわざ探す必要なんて無いじゃねーか
「………止めだ止め」
道を半分ほど戻った所で、苛立ちのまま声を上げる
見られて不味い事が書いてあるわけでも無い、只のメモだ
鋭いため息が零れる
「無駄な事しちまったな……」
右手が髪を掻き上げる
………?
視界に入り込んだ人影と、強い気配に視線が前方へと流れる
「…………何やってんだ?」
道の真ん中にまるで彫刻の様に立ちつくす、知った姿があった

メモ用紙を拾った
見るとも無く眺めた紙面に書かれてた………文字?
たぶん、文字だろうそれは記憶の中の何処にも存在しない不思議な文字
偶然拾ったそれを眺めて首を傾げる
これはいったい何でしょう?
この土地に住む人々の文字と言う訳ではありませんしねぇ
幾度か交流を重ねた彼等は、自分達が良く知った文字を使っていた筈だ
一部特殊な言語が使われているという話を聞いた事も無い
子供の書いた物とも思えませんしね
まだ文字を良く分からない子供が書いた物とも、子供達の間で通用する文字というものでもなそうだ
線の太さや力のいれ具合から推測するに、コレは大人の文字の様に見受けられる
「なんでしょうね」
道の真ん中で、ルヴァはメモ用紙を覗き込みながら立ちつくしていた

辺りの事が見えていないルヴァの様子に苦笑を浮かべ、気配を消して傍を抜けようとした
手元を覗いたまま動かないルヴァの手元を覗き込んだのは単なる好奇心だった

手の中にあったメモ用紙が突然取り上げられる
慌てて顔を上げた先に彼の姿があった

何を覗き込んで居るのか解った瞬間、良く考えもせず手が伸びた
当然、奪われたメモを追って、ルヴァが顔を上げる
「………アリオス」
やってしまった事は、後悔しても仕方がない
「悪いな、あんたが拾ってくれたのか」
状況を理解していない風のルヴァへ何事も無かったかの様に言葉を掛ける
何度か瞬きを繰り返す、ルヴァの目の前でポケットへメモをしまい込む
「ああっっ!」
大分遅れた反応が上がる
「そのメモはアリオスのでしたかっ」
………は?
視界の中で、納得いったと言うように何度もルヴァが頷いた

「悪いな、あんたが拾ってくれたのか」
言葉と同時にアリオスがメモ用紙を仕舞い込む
彼の言葉からすれば
ソレは彼が書いたモノと言う事で……
「ああっっ!」
今まで見た事も無い文字
それが彼の宇宙で使われていたものなら
「そのメモはアリオスのでしたかっ」
考えて見れば、交わった事の無い2つの世界で、違う言語が使われるのは当然と言えば当然
今の今までそんな事にも思い当たらなかったとは……
ルヴァは、知的好奇心が求めるまま、面食らった様にこちらを見つめるアリオスの腕を掴み取った

海の彼方に太陽が沈んだのはずいぶん前
道から少しばかり外れた草原に座り込んだままアリオスは後悔のため息を吐いた
のんびりした奴だと思っていたが、知識に対しては人一倍好奇心が強かったらしい
ルヴァに捕まった時にはまだ太陽は頭の上に有った筈だ
それが、解放されたのはたった今
『為に成りましたよ、また今度お願いしますね』
至極満足そうに立ち去ったルヴァの別れ際の言葉が思い出される
「……冗談じゃねーぞ」
月明かりが疲れ切ったアリオスの姿を照らし出した 

END
 
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